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「モモ」によせて

 人の一生は限られており、いつかは幕を降ろすことになる。
   その時間をどのように生き、どのように過ごしていくかが大切だ。
   がむしゃらに働き、時間に追われる生活は人として潤いがない。
   現代はともすると、忙しさの中で生きることの意味を忘れてしまう。
   『忙中閑あり』という言葉は『忙しい中にこそ、閑が必要』と説いており、
   また、『間抜け』は『間を置くことの必要性』を表現している。
   
   私たちは、改めて“時間とはすなわち生活である”ことを再認識したい。


9月17日(土)にパティオ池鯉鮒がお届けする演劇公演は、世界中のみなさんから愛され親しまれている“時間どろぼうから、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語”「モモ」です。
この作品は、ドイツの作家ミヒャエル・エンデによる児童文学作品です。後にドイツ児童文学賞を受賞しており、各国で翻訳されていますが、とりわけ日本では根強い人気を誇っている作家です。

原作を読んだ、私なりのあらすじと感想を書きますが、今回のパティオの演劇公演では、名古屋を中心に活躍している佃典彦氏が脚本・演出されます。「モモ」が、このパティオでどのような劇として表現されるか、とても楽しみです!





【原作のあらすじ】

物語は、ローマを思わせるある街はずれの廃墟化した円形劇場に、預けられていた施設を飛び出し、たった一人で住みついた少女「モモ」のはなしです。

モモは、背は低く、やせっぽちで、八つなのか十二くらいなのか見当もつかない、頭はもじゃもじゃ、つぎはぎだらけの粗末な身なり、いつもはだしでした。しかし、目はまっ黒でとてもきれいな子でした。
モモは、不思議な能力を持っており、ただ黙って人の話を聞いてあげるだけで、人の心を溶かし悩みを解消させ、人は幸福な気持ちになるのでした。だから、子どもも大人も町の人たちは、話を聞いてもらおうと円形劇場にいつも集まってきました。

あるとき、そこへ「時間貯蓄銀行」と称する灰色の男たちの魔の手が忍び寄ってきます。彼らは、人間一人一人が持っている生活の「時間」を倹約させ、世界中の人々から余分な「時間」を盗み、独占していくのでした。灰色の男たちの出現により、町じゅうの人たちは、おしゃべりや、ゆとりのある生活を次第に失っていきます。

なんと、灰色の男たちは、人間の「時間」を葉巻にして吸って生きているのでした。

時間どろぼうの灰色の男たちにとっては、モモが邪魔でした。モモを始末しようと動き出します。
そんなモモを、摩訶不思議な能力を持つカメの「カシオペイア」が、すべての人々の時間管理人である「マイスター・ホラ」のもとに連れて行きます。
マイスター・ホラは、モモに灰色の男たちをやっつけ、人々の時間を取り戻すように諭すのでした。

かくして、モモはマイスター・ホラから贈られた、世界の時間が止まっても、モモだけは動いていられる1本の花をたずさえ、すべての人々の時間が止まっている1時間の間に、30分先までが見とおせるカシオペイアとともに、時間を取り戻す冒険が繰り広げられていきます。・・・・・
 


【原作の感想】

この作品は、時間どろぼうである「灰色の男たち」とモモの対決というスリルあふれるストーリー展開ではありますが、1分1秒と時間に追われる現代社会の人間に対する警鐘なのです。

時間を盗まれた人たちは、現代の私たちの姿そのものとして描かれています。人として、この時間を有意義に過ごすことの大切さをいましめています。

昨今、私たちは、生きている時間の中でモモのように空想をめぐらせ人生を楽しむ生活を忘れがちです。子どもばかりでなく、忙しい大人たちにも夢を見ることが大切ではないでしょうか!!
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