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忘れ去られようとしている精神文化

少し下火になりましたが、いまでも視聴者の多い「韓流ドラマ」、私も一時期ハマりました。
なぜかなーと考えてみると、ドラマの中に繰り広げられる儒教の精神文化に心を動かされることにありました。たとえば、親を敬い、兄弟は固い絆で支えあい、目上を尊重し、友を大切にするなど、以前の日本には当たり前にあったことが、いまでは斬新に心に映るからでした。

家庭でも職場でも一番大切なことは、みんなが心を寄せ合って生きていくことです。すなわち「和」であります。
日本人の精神生活のバックボーンは仏教と中国文化にあり、更に明治以降はキリスト教とヘレニズム文化(ギリシア文化とオリエント文化とが融合して誕生した文化を称す)を基とした西洋文化に傾斜してきたように思われます。
残念なことは、我が国は民主主義を受け入れる一方で、日本の文化と伝統に根ざした数多くの生きていくための大切な知恵を、「古いもの」とし忘れ去ってしまったことであります。

日本人が精神文化として大切にしてきた仏教文化には、現代生活の中で必要とされる多くの知恵があります。
仏教の基本にある考え方は、「人の頭の働きである知恵と、心の優しさである慈悲、この二つを寄せ合って生きていく」、というところにあるといわれます。
わかりやすく形で現わせば、釈迦三尊である釈迦尊の両脇には、知恵をあらわす文殊菩薩、一方に心の優しさをあらわす普賢菩薩が立ってみえます。また、阿弥陀三尊である阿弥陀如来の横には、勢至菩薩と観世音菩薩が、そして薬師如来の場合も、日光菩薩と月光菩薩が並んでみえます。
私たちの家の仏壇には、知恵の光をあらわす“ローソク”が灯され、慈悲・やさしさをかたどった“花”が供えられます。

日本人の会話の中によく出てくる言葉に、「おかげさまで・・・」があります。
どんな意味があるかというと「あなたの蔭の下で暮らさせていただいています」ということであります。つまり「あなたのお知恵とあなたのご慈悲をいただき生きております」という意味となります。

「ありがとう」という言葉、「有難度う」と書きますが、読んで字のごとく「度々有ることが難しいことをしていただいた」という感謝の意味であります。
「ごちそうさま」も「ご馳走様」と書き、「馳」も「走」も走ることを意味します。「卓上のおいしい食事がいただけるためには、多くの人々が走り回ってくださった」という感謝の意味であります。
それぞれ意味を持ったすばらしい言葉であり、文化であります。

残念なことにこれらの言葉も、親が意味をよくわからず、そのうえ自分たちが実行していないことを、子どもに押し付けようとしています。子どもは親の“言うとおり”にはしませんが、親の“するとおり”にやるものです。要するに知識として持っていても、社会全体が実行しなければ本当の教育にはならないと思います。

舞台芸術の世界でも、文楽や落語など、伝統芸能では特に、和の精神文化を感じる瞬間が多くあります。伝統芸能についても、繋ぎ手である継承者それぞれが、人として大切にしたい「絆」「助け合い」「感謝」を重んじているからこそ、永く引き継がれているのでしょう。
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