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進歩と調和

野田新内閣での国会が始まりました。

震災・原発被害への支援と復興に向け、党派を超えて、今後の日本のための大型予算審議と原子力発電への方針が審議されると思いきや、第三次補正予算は提案されず、またまた政治資金問題が主役に、相変わらずの党利党略の政争局面です。

避難生活を送る被災地には、じりじりと冬の寒さが忍び寄っています。被災支援・復興と原発問題は、今国民が最も重要とし、関心の高いところではないでしょうか。それとはうらはらに、政局争いに終始する国会議員、世界での経済地位のランクダウン、外交も諸外国に押されっぱなしのこの状況には、国民としてうんざりするばかりです。
『私たちは、国民の理解を得られる、今なすべき審議の展開を期待している!』と声を大にして言いたい・・・!


昭和45年の大阪万博のテーマに、『進歩と調和』というフレーズが掲げられました。その解釈は、“人類社会は進歩していくことも必要だが、そこには人類が認め合う調和がなくてはならない”ということでありました。

今日まで、日本列島は地震・台風・津波・火山噴火など、幾多の自然災害にあっていますが、日本民族は、その都度それらを受けとめ、耐え、復興を成し遂げてきました。
しかし、今回の東日本大震災の津波による原発事故は少々性質が異なります。人間が作り出したものに、自身でさえ制御・防御が困難となり、今後どうなっていくのか、6か月余りが過ぎようとしているのに、見通しは定かではありません。
チェルノブイリやスリーマイル島での原発事故で、その人知を超えた事故の怖さを自覚しえたはずであった「核」「原発」に対し、根拠のみえない「安全神話」を鵜呑みにしてきた結果がこの有様です。今回の震災による津波は「想定外」と報じられていますが、一方ではシミュレーションによって海岸線での危険性は研究されていたともいいます。


日本の社会は、島国であるがゆえに、「争うこと」をできるだけ排除する固有の文化が培われています。往々にして会議なるものも、「根まわし」によって調整され、表舞台では深い議論は展開されない場合が多いように感じられます。確かな根拠も示されない「原発安全神話」は、バブル経済期の「株・債権神話、土地神話、会員権神話など」と同様、意図的につくられた世論ではなかったのかと思えてなりません。
原発問題は、三位一体(産学・国・自治体)の原子力関係者による推進で、「民」は、その中で右往左往せざるを得ないという、仕組まれた社会構造です。・・・そして、苦労するのも、尻拭いするのも「民」なのです。今回の原発事故後にも、(意図的かどうかは別として)「民」には公表されなかった多くの事実が存在しました。

ノーベル化学賞受賞者・理化学研究所理事長の野依先生は、「原子力は人知を超えた存在として、過渡的なエネルギーである。将来的には人類は再生可能エネルギーへ回帰する必要がある。」と述べておられます。また、ドイツもイタリアもスイスも原子力発電を凍結することに決めました。
政治の役割は、これらの意見・情勢の動向を踏まえ、電力供給の道筋を政策提示し、「人類が認め合う調和」を議論することではないでしょうか。大阪万博で掲げられた、『進歩と調和』の崇高な理念を思い出してほしい・・・。

東日本の被災地域の公共施設・病院などが、壊滅的な打撃を受けており、文化会館などの施設・劇場も例外ではありません。そのような状況においても、全国各地の演劇等の舞台で、原発事故に対して多くの問題提起がなされ、それぞれの想いが多くの国民に届けられています。

芸術・文化の真価と真底にあるのは、夢を語れることです。また、目には見えない本質、隠れた人間的な事実を顕在化する力です。それらは人々に、元気と勇気、感動と癒しで、生きぬく力を与えていくことでもあります。こういった地域のためにも、この問題についても芸術・文化の面から、しっかりとその役割を果たしていくことが必要だと思っております。

自然の探求が科学。人、社会の探求は芸術・文化と言われます。その両輪のたゆまぬ研鑽・努力で、私たちは人にやさしい、より良い社会をめざしたいものです。
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