女性の活躍

  • 2012/03/16(金) 16:11:50

世界の中で最も知られている日本人女性と言えば、『緒方貞子さん』ではないでしょうか。
彼女は、1991年から10年間、国連難民高等弁務官を務め、「難民支援の顔」として、自らが常に国際社会の最前線に身を置き、現場を知って初めて真に必要な支援ができることを体現された方です。もちろん世界の国々から尊敬と称賛を得ていることは言うまでもありません。

その後も発展途上国の開発援助に当たる、国際協力機構(JICA)の理事長として8年半に亘り活躍され、この3月末を持って84歳で退任されました。
私は、世界を知り尽くしたこの方が日本の首相にふさわしいのではないかとずっと前から思っていたくらいで、ノーベル平和賞を受賞していただきたい方だと思っています。

ノーベル平和賞といえば、2011年は3人の女性【エレン・サーリーフ(リベ リア)】、【リーマ・ボウリー(リベリア)】、【タワックル・カルマン(イエメン)】が受賞された。いずれも平和や開発に参加する女性の権利を勝ち取る闘いに、非暴力で取り組んだ方々です。中東、アフリカで進む民主化に向けて、これらの女性が政府腐敗と闘い、紛争や貧困の困難を乗り越える民衆の大きな力となりました。
  
最近の日本も、女性の活躍には目を見張るものがあります。スポーツの世界でも、サッカーの“なでしこジャパン”をはじめとする多くの競技において、国内外で飛躍的な活躍をしています。大変うれしいことです。
女性は元々産み育てるというすごい力を秘めており、男性と違って性根が座っています。いままで「内を守る」という社会的概念に支配されていたものが、社会を知り、世界を知ることで、大きく変革してきているように思われます。私たちの職場でも欠くことのできない存在となっています。


演劇の舞台では、女性の自立を描いた『人形の家』(1879年:ヘンリック・イプセン によって書かれた戯曲)が有名ですが、まさにこのような女性の自立意識が目覚ましく進んでいます。身近な例としても、当会館で開催される各種公演の舞台づくりでは、制作者のみならず、音響・照明などの裏方スタッフにおいても女性の活躍が顕著です。
このように、あらゆる分野で女性が主役的役割を担って活躍してもらうことが、大きくいえば新しい日本を築いていくことになります。そうなることを予見かつ期待しています。


女性特有の悩みや、克服すべきポイントも少なくないと思いますが、それらの困難を乗り越え、男性にはない視点と、しなやかさ(強かさ…!?)をもって、女性の皆さんには、ぜひ、これからも頑張っていただきたいと思います。

スポンサーサイト

忘れ去られようとしている精神文化

  • 2012/03/01(木) 16:04:22

少し下火になりましたが、いまでも視聴者の多い「韓流ドラマ」、私も一時期ハマりました。
なぜかなーと考えてみると、ドラマの中に繰り広げられる儒教の精神文化に心を動かされることにありました。たとえば、親を敬い、兄弟は固い絆で支えあい、目上を尊重し、友を大切にするなど、以前の日本には当たり前にあったことが、いまでは斬新に心に映るからでした。

家庭でも職場でも一番大切なことは、みんなが心を寄せ合って生きていくことです。すなわち「和」であります。
日本人の精神生活のバックボーンは仏教と中国文化にあり、更に明治以降はキリスト教とヘレニズム文化(ギリシア文化とオリエント文化とが融合して誕生した文化を称す)を基とした西洋文化に傾斜してきたように思われます。
残念なことは、我が国は民主主義を受け入れる一方で、日本の文化と伝統に根ざした数多くの生きていくための大切な知恵を、「古いもの」とし忘れ去ってしまったことであります。

日本人が精神文化として大切にしてきた仏教文化には、現代生活の中で必要とされる多くの知恵があります。
仏教の基本にある考え方は、「人の頭の働きである知恵と、心の優しさである慈悲、この二つを寄せ合って生きていく」、というところにあるといわれます。
わかりやすく形で現わせば、釈迦三尊である釈迦尊の両脇には、知恵をあらわす文殊菩薩、一方に心の優しさをあらわす普賢菩薩が立ってみえます。また、阿弥陀三尊である阿弥陀如来の横には、勢至菩薩と観世音菩薩が、そして薬師如来の場合も、日光菩薩と月光菩薩が並んでみえます。
私たちの家の仏壇には、知恵の光をあらわす“ローソク”が灯され、慈悲・やさしさをかたどった“花”が供えられます。

日本人の会話の中によく出てくる言葉に、「おかげさまで・・・」があります。
どんな意味があるかというと「あなたの蔭の下で暮らさせていただいています」ということであります。つまり「あなたのお知恵とあなたのご慈悲をいただき生きております」という意味となります。

「ありがとう」という言葉、「有難度う」と書きますが、読んで字のごとく「度々有ることが難しいことをしていただいた」という感謝の意味であります。
「ごちそうさま」も「ご馳走様」と書き、「馳」も「走」も走ることを意味します。「卓上のおいしい食事がいただけるためには、多くの人々が走り回ってくださった」という感謝の意味であります。
それぞれ意味を持ったすばらしい言葉であり、文化であります。

残念なことにこれらの言葉も、親が意味をよくわからず、そのうえ自分たちが実行していないことを、子どもに押し付けようとしています。子どもは親の“言うとおり”にはしませんが、親の“するとおり”にやるものです。要するに知識として持っていても、社会全体が実行しなければ本当の教育にはならないと思います。

舞台芸術の世界でも、文楽や落語など、伝統芸能では特に、和の精神文化を感じる瞬間が多くあります。伝統芸能についても、繋ぎ手である継承者それぞれが、人として大切にしたい「絆」「助け合い」「感謝」を重んじているからこそ、永く引き継がれているのでしょう。